冬の夜、車は我が家へと向かっている。 窓の外は暗くて黒い。海と空に境なんてなくて、ただのっぺりとした闇が染め潰したみたいに続いている。 終わりも見えない。 車は滑るようにして海岸沿いの国道を走っていた。左側には砂浜と海、右側には店々と対向車線を走る車たちの明かり。それが見える限り前にも後ろにもずっとずっと続いていて、暗闇の中、光が作った陸の縁取りだけが、の視界に見えている。 「真太郎のおうちのお雑煮、美味しかったね」 車の中は寒かった。なぜだかエアコンの調子が悪くて、はシートベルトをした上から上着をかけ、さらにぐるぐるとマフラーを巻いていた。 埋もれるような声も隣の男は聞き逃さない。 「そうか」 「うん、美味しかったよ。おすましなのは同じだけど、やっぱりちょっと味が違うよね」 「……」 「今度真太郎のお母さんに作り方教えてもらおうかな」 「そんなことする必要はないだろう」 「そう?」 「オレはお前の作る雑煮も好きなのだよ」 ちょっと黙って、それから笑う。思えば私の作る料理にあなたがケチつけたことなんて今まで一度もなかったね。 「……真太郎」 少し眠いような気がしたけれど瞼を閉じるほどではなかった。 まっすぐフロントガラスの先を見つめる真太郎に目を向ける。運転中のおしゃべりを彼はあまり好まないけれど、拒むこともほとんどしない。 「……どうした」 道は混んではいない。この分だとあと一時間もしないうちに家に着くだろう。 大掃除も終え、綺麗にしてから出たのできちんと整えられてはいる。けれど五日ほど誰もいなかったから、きっとひどく冷え切っている。 ずっとこのまま車の中にいたかった。 「また来年も、こうやっていたい」 「……なにを言っているんだ」 「分かんない、ちょっと眠いみたい」 「だろうな。そんな顔をしている」 「無意識のうちに張っていた気が緩んだんだろう、家に着くまで寝ていれば良い」真太郎のことばは優しかったけれど、眠ってしまうのはもったいなかった。 柔らかいシートに背中を埋める。今ちょうど湾のくぼんだ真ん中のところにいるから、向こう側に岬が飛び出しているのが光の縁で見て分かる。 あれを越えてしまったらもうすぐに家だ。 「……来年は」 「うん?」 「『真太郎のお母さん』ではなく、『お義母さん』と呼べるようになっているだろうな」 隣に座る婚約者。薄く微笑む彼の表情にも笑った。 そうだね。きっとそうなっている。 優しい未来にはもう一度海へ視線を戻す。そのときは私もなにかおせちを作って持っていこう。あの優しい人なら笑顔で受け取って同じ食卓に並べてくれる。私と妹さんがそのお手伝いをして、そしてお義父さんは真太郎とお酒を酌み交わしながら色々な話を静かにする。そんなあたたかな光景はすぐに浮かぶ。 ガラスの向こうで光の終わりが見えてきた。 家に帰ろう。車は走る。 国 道 134 号 |